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台湾へ一時帰国 (2005/4/14-27)

■台湾へ帰省

8ヶ月ぶりに台湾へ帰省しました。
「台湾へ帰る」というと「あんたは何人?」って言われそうですが、私の中ではもうすっかり台湾は私の第2の故郷になっているのです。
といっても、私は台南(Tainan)という街に住んでいたため、ケビンの両親が住む
彰化(Chan-hua)はまだまだ私の街にはなっていませんが・・・。
地図をクリックすると大きくなります。

  

      

台湾へ帰る楽しみと言えば、とにかく食べること。

が・・・・・・・・ケビンの実家に帰ると義理の両親達はすっかり素食生活なため、
野菜料理ばかり。
しかも味が薄かったり、私の苦手な漢方を使った薬膳料理だったり・・・。
おいしそうなものを見つけても、指をくわえて見ているだけ。いやだぁ〜!!こんなの台湾じゃない!とはいうものの、ケビンは免許が切れているため車の運転ができず、義父さんへ連れて行ってもらうしかない。

台湾では朝ごはんは外から買ってくるのがほとんど。
お母さん方は朝から朝ごはんのお店へ行って、饅頭や豆乳を買ってくるのです。
うちの場合は、義父が散歩がてら買ってきてくれます。それも・・・・・野菜詰めのものばかり--;かといって、早起きの義父についていく体力もなく・・・・毎日、健康的な朝食をいただきました。
(上の写真は朝ごはんのお店の様子。)


■廟へ拝拝(パイパイ)

ケビンの実家から車で30分、鹿港(ルーカン)という小さな町があります。鹿港は昔、オランダ人が入ってきて栄えた港街で、古い町並みが続くエキゾチックなところ。この街にはかならず帰省したら行くようになっています。というのも、我が家の神様がここ鹿港にあるからです。氏子とでもいうのでしょうか。

          
神様にお供えする天のお金         日本の線香のようなもの             怖!お祭りのときによく登場
                          奇数をそれぞれの神様にお供えします

■健康診断

義弟の勤める病院に無理やり健康診断の予約を取ってもらいました。
どこが悪いというわけではないのですが、ケビンもここ数年健康診断というものを受けていなかったので
これを期に2人で受けることにしました。

前日に義弟から便検査をもらっていたのですが、1晩ではでるわけはなく(おまけに前の晩から絶食)
私は空の容器を持って行ったのでした。
(ケビンは何故かちゃんと出た・・・--;)

その中で初めて産婦人科の検査を受けました。
もともと生理不順な私。
嫌な予感はしていたのですが、ビンゴ。


・・・・・・・・・
「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」の恐れがあると言われました(泣)



帰ってさっそく調べてみると、どうも卵巣に卵胞がたくさんできすぎて、排卵が起こりにくくなるというものだそうです。
エコーで見せてもらったのですが、なにやらポツポツとマークされたものを見ることができました。

さすがに、ショックでした。
30歳前には子供を!と考えていただけに、妊娠が難しいとなると・・・・
帰って落ち込んでいる私を見てケビンが一言。



「大丈夫だよ。子供がいなくても2人で楽しくやっていけるよ」




って・・・・・・・・・・彼にしては励ましの言葉のつもりかもしれませんが、私には「もう子供はできない」って言われているようで、余計悲しくなってしまいました。
男の人ってどうしてこういう時に、うまい慰めができないのでしょうかね・・・。

「妻の心、夫知らず」

続いて義母がやってきて、不妊なんてのはない!私の友達も・・・・・・だの、○○を食べたら子供ができやすいだの、
○○は食べてはいけないなどなど・・・・・頭が呆然としている私に向かって喋り倒していきました--;
突然の事実にまだ整理できないでいるのに、その上から「不妊」だの「赤ちゃん」だの聞きたくない言葉をドカドカ言う・・・・・・・
正直、一人にしといて・・・・・って感じでした。

「嫁の心、義母知らず」

そして、極めつけは義父。
義母に続いて義父がやってきて、またなにやら励ましの言葉を・・・・・
もうハッキリ言って、内容覚えてません・・・・っていうか聞いてませんでした

「嫁の心、義父知らず」


数時間後・・・・・・・
義母が義弟に連絡して、急遽病院へ行くことに。
4時に予約をしていたのですが、私がベソベソ泣いているのを義母に見られてしまい、
義母がまたまた義弟に電話したら義弟も慌てて、4時の予約を3時に無理やり変更・・・・させた?

なんとも・・・・・お恥ずかしい。
たったこれしきで・・・・・


義母とケビンに連れられて病院へ。
病人でもないのに凄くいたわってくれる2人。
先生の前でも、「もう、この子が泣くものですから・・・・すみません。それに明日アメリカに帰るので・・・」
と聞かれてもいないのに話す、話す・・・

何も泣いたことまで言わなくてもいいのに・・・・・・・・(汗)


お医者さんと話したのはたったの5分程度。
結果は・・・・・

「大丈夫、そういうのは良くあることだから。とりあえず1年間様子を見て、それでもできなかったら考えましょう。」


とアッケラカンとした答え。
一応不妊専門の先生を紹介してもらったら、なんと!うちのお隣に住む先生でした--;
後で義弟が義母に叱られたのは言うまでもありません。
お隣の先生に聞いても答えは同じ
「1年様子をみましょう」・・・・・・だって。

その後も漢方のお医者さんの所へ連れて行かれ、漢方のお薬をしっかりいただいてきました。
もともと漢方の苦手な私。
が・・・・・・・背に腹は換えられません。
毎日、勇気を振り絞って崖っぷちからダイブするような気持ちで飲んでます(大袈裟?!)

            (何がなんだか分かりませんが、3種類あります)

周りが私より騒いでくれたので、なんだか私も
「なんとかなるでしょう。」ぐらいな気持ちになりました。これって家族のお陰??


■最後に

そんなこんなで、最後の最後で大騒動だった今回の帰国。
前回の帰国に続き台湾ファミリーにはびっくりさせられることが多いのですが、やっぱり最後には私を娘として愛してくれているんだという感謝の気持ちで一杯になります。少々お節介なところもありますが、異国の言葉の下手な嫁を、こんなに心配してくれる家族がいてくれてやっぱり嬉しいです。
みんなの気持ちを分からず一人で突っ走ろうとしていたのは私なのかもしれません。ちょっと反省。

「家族の心、嫁知らず・・・・」

ですかね。


義母には感謝の意味を込めて、近くのお花屋さんに母の日に花を届けてくれるようお願いしてきました。
喜んでくれるといいのですが・・・・。